建艦日報

艦船模型ブログのはずが徐々に方向性が不明なことに・・・、 混沌なるカオスへようこそ。

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レーサーミニ四駆 ホットショットjr

今年の3月、ミニ四駆25周年を記念して、ついにホットショットjrが再販された。このマシンは長いこと絶版になっていて、手に入りにくいミニ四駆の筆頭だった。

今見てもかっこいいデザインで以前から欲しいと思っていたのだが、オークションでは値段が跳ね上がり、貧乏人の僕にはとても手が出ない状態が続いていたのだ。
再販版のホットショットJrは、原油高の影響なのかどうか値上げされてはいたけれど、それでも構わないと思う。このホットショットのシャーシはタイプ1と言い、レース仕様のミニ四駆シャーシの中では最初期のものだから、性能的には現在のものには遥かに劣る。はっきり言えばレースには使えないのだ。
ということは、競技指向のミニ四駆ファンが買うかどうかは未知数で、僕のような一部の好事家がコレクション用に買うのが関の山…、という可能性が高い、
金型の維持費もかかるのだろうから、採算をとるためならいたしかたない。
hotshot01.jpg

ホットショットは元はタミヤオリジナルのRCカーで、ミニ四駆のそれはスケールダウン版にあたる。
ワイルドウイリスjrは確かに好評ではあったけれど、トルク重視の設計だったため、子供達の間では走るスピードが遅いと言う不満があった。そもそもレースをするために開発されたものではないから当然だ。
スピードを求める子供達の願いを聞きつけたタミヤは早速ミニ四駆の再設計に取り掛かり、それまでのミニ四駆のシャーシとは根本的に違うタイプ1シャーシを作り上げた。
そして昭和61年11月、新しく生まれ変わったミニ四駆、ホットショットjrが発売となり大ヒット商品となる。これがレーサーミニ四駆シリーズの始まりだった。このシリーズはその後ホーネットやブーメランなど、タミヤRCのjr版を次々と発売し、子供達の絶大な支持を受ける。

このタイプ1シャーシを組み立ててみると駆動系の抵抗の大きさに閉口する、最近の新型シャーシとは比較にならない、昔からこうなのか、それとも再版品だけがこうなのか、当時のミニ四駆を買ったことがない僕にはわからない。
だが、ギヤの接触部分を一つ一つチェックしていって、抵抗になっている場所を削るなどして手間をかけてやればそれだけ速く走らせるようにできる。それは今のミニ四駆も同じではあるが手間の度合いが違いすぎる。
hotshot02.jpg

苦労して手間をかけて、友人よりも速いマシンを作り上げたとき、それはどれほど宝物のように思えたんだろう。

ホットショットを組み立てながらそんなことを想像し、僕は当時のミニ四レーサーたちがちょっとうらやましくなった。



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  1. 2007/07/11(水) 23:17:59|
  2. ミニ四駆
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リンクにミニ四駆サイトを追加

宮城県でミニ四駆大会の主催をされているTAYミニ四駆クラブ様のサイトにリンクを張らせていただきました。
掲示板には東北各地のレース情報が書き込まれますので、東北に住んでる人は必見です。

(画像はマイティミニ四駆・レイザーギル)
reizer.jpg

【“リンクにミニ四駆サイトを追加”の続きを読む】
  1. 2007/07/03(火) 21:04:57|
  2. ミニ四駆
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コミカルミニ四駆 ワイルドウイリスjr

初代ミニ四駆が誕生してから10作目、コミカルへと路線変更してから5作目となるのが、このワイルドウイリスjrである。
wild001.jpg

ライトを透明化したり、ウインチに金属線を巻くなどしてもっとリアルに改造したいところだが、お手軽に楽しむというミニ四駆の趣旨に従い、ボディカラーを塗装して、スミ入れでモールドを引き立てるだけに止めておいた。それでもこんなに素晴らしい出来栄えになる。
ウェザリングをしてないのは、ただ単に僕が苦手なだけだ。一部の部品がポリ樹脂なので塗装に苦労するところもあるのが残念だが、価格を抑えるためには仕方がないのだろう

あまりに有名な話だが、このワイルドウイリスjrはタミヤのRC「ワイルドウイリー」をスケールダウンしたもので、M38ジープが元になっている。
そのRCがどのようないきさつで製品化されたのかは知らないが、田宮社長の趣味全開であったろうことは大体想像がつく、田宮社長はこのM38ジープをデフォルメするために、ジープ大好きアニメーター大塚康生氏にデザインを依頼した。
大塚康生氏は、田宮のミリタリーフィギュア開発でポーズの監修をしたという関係もあり、きっと二人して軍用車両の話で意気投合し、盛り上がったこともあったに違いない。
大喜びでデザインを引き受けた大塚氏であったが、その頃すでにミリタリー関連の模型の売上が縮小傾向にあったことが心配だったらしい、そこで「ボディカラーを真っ白とか赤にしてはどうか?」と提案した。
しかしそれに対し、田宮社長は「ジープの色はオリーブドラブじゃなくちゃダメ!」と頑なに譲らなかった。そう、タミヤ模型の社員が皆恐れるという「鶴の一声」である。こうなったらもう誰にも止められない、かくしてワイルドウイリーはジープらしいカラーで製品化されることとなったが、大塚氏の心配をよそにヒット商品となった。

昭和59年「タミヤRCカーグランプリ」の放送開始、そしてコロコロコミックでのRC漫画の影響で、子供達の間ではRCがブームになりつつあった。
そこでミニ四駆の担当チームは「子供達がRCに興味を持っているのなら、RCカーのミニ四駆版を出してみてはどうでしょうか」と提案、田宮社長もそれに賛成し、人気のあったワイルドウイリーをミニ四駆化して発売することにした。
そして昭和60年「ワイルドウイリスjr」発売、実車のミニ四駆には興味を示さなかった子供達が、ワイルドウイリスjrには好反応、ミニ四駆初のヒット商品になった。
これを境にミニ四駆は、タミヤRCのスケールダウン版として発展していくことになる。
wild002.jpg


話は前後するが、四駆が流行るずっと前から大塚氏は「田宮さん、これからの時代は四駆だよ、四駆!」と、しきりに言っていたらしい。
あれだ、誰にでも覚えはあると思うが、自分の好きなものを他人にも勧めたくなるという、あの布教活動のような行動だ。
「ミニ四駆の発想は、この影響もあったのです。」と田宮社長は後に述懐している。
なんということだろう、この無意識のうちに行われていたサブリミナル効果がなければ、ミニ四駆は誕生しなかったかもしれないのだ。大塚氏恐るべし。

参考
月刊モデルグラフィックス 1986年2月号より「大塚康生のおもちゃ箱・初期型ジープ」
田宮俊作「田宮模型の仕事」(ネスコ/文芸春秋)


  1. 2007/05/26(土) 09:23:30|
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まとめ

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